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合格体験記 (第11期)

私の樹木医受験奮戦記

谷岡緑化株式会社 金田正弘

 平成11年の夏に苫小牧市での吉田樹木医による桜の空洞処理講習に出席し感銘を受けました。大変ショックなことでもありました。吉田さんは私よりはるかに若い、50才も半ばに近い俺はいったい今まで何をしていたのか、樹木医はご高齢の人という先入観があったためだと思います。樹木医になりたい、そんな気持ちが沸き上がりました。また、中学生の頃、営林署勤務の父は国有林の樹木や植物の名前を教えてくれました。以後、植物病理学を学び木材防腐会社そして苫小牧で29年間の造園業、この経歴は父の影響が大きかったといえます。

 平成12年度受験を決意、正直ひそかに自信を持っていました。しかし「樹木医の手引き」や11年度の問題集を見て、内容の難しさに自信喪失です。そんな中での仙台受験は極度の緊張感で不合格、力不足を痛感した最初の挑戦でした。

 次の日から合格するのが目的でなく、造園作業を通し樹木をどうしたら健全に育てられるのかを目標に、「なぜ、どうしたら」の徹底追究を心がけました。日本緑化センタ-発行の樹木医と名のつく本は手当たり次第に購入、こんなに本代が必要なのかと驚きました。A.Shigoの「現代の樹木医学」「樹木に関する100の誤解」に造園屋の間違った管理方法を根本から指摘されて大きなショックを受けたものです。樹木名、病害虫名は学名で憶える習慣を心がけました。図説実用樹木学(養賢堂)など農学を志した人にとって懐かしい書店に多くの参考書がありました。

 平成13年の記述問題に世界の3大樹病が出ました。学名で病名を記入できた事は大きな収穫でした。しかし、実はこの年も結果には全く自信がありませんでした。選抜試験の合格を知らされ、表現できないほど嬉しかったです。憧れの筑波に行ける。今までの辛さが吹き飛んでしまいました。