インフォメーション > 樹木医を目指す方へ > 合格体験記 (第10期)

合格体験記 (第10期)

三つのハードルを乗り越えて

(株)豊緑 加藤敦博

 私が樹木医との接点を初めて持ったのは、七年位前にさかのぼる。当時私は、植物の衰退・障害に頭を悩ませていた。愛知県の植木センターや緑化セン ターに問い合わせをし、その意見を参考に対策等の立案、処置を実施したこともあった。偶然、そこで樹木医なる人の存在を知った。いろいろな疑問、質 問を投げかけ私にとって有意義(すべてではないが…)な意見・情報・技術を得ることができた。その存在は、非常に大きく、かつ雲の上のように遠く偉 大であった。

 それから4~5年間、常に樹木医は遠くにある存在であり、自分には関係のない住む世界の違う人々と思っていた。ところが先輩(私にとって公私にわ たり師匠のような存在)が、資格を取得され活躍していると聞き、なお幸運にも樹勢回復等の業務の、お手伝いができ、最近2~3年は本格的な樹木保 護・育成の勉強をすることができた。このことにより、偉大であり、権威は常に感じてはいるがしかし、樹木医が身近な存在になった。このことが、資格取 得を思い立たせる原動力となった。

 受験を目指そうと決断したのは昨年の2月頃、シダレザクラ等樹勢回復のため、樹幹に登り腐朽部を除去し、土壌改良のため土を掘るという作業を雪の 降る三河山間部や南信地方で行っていたときだった。けなげに生きてきた植物達に接していると私も何かしなくてはいけないと思い知らされた。自分自 身のため、ましてや植物・樹木のため知識・技術・知恵を身に付けることの第一歩として試験突破の目標を掲げた。

 この目標を突破するには、三つのハードルがあったと私は思っている。一つ目は、今までの自分の実績(実務経験、受験申請に不可欠)である。二つ目は、 学科試験(択一・小論文)。三つ目は、筑波での研修である。

 実績は非常に重要視した。なぜならば、過去を振り返ることによって自分自身のスタンスがはっきりと見えてくるからである。一つ一つの物件をまとま りのない資料の中から拾い出し自身がどのような気持ちで携わってきたのかがわかるのである。実務経験の報告書をまとめ作成すると同時に、私の今後の 方向性に自信が持てるかどうか確認する作業でもあると思った。この作業に2月から6月つまり受験申請締め切り頃までかかってしまった。しかし、自身 のスタンス「本来、植物や樹木が好き」が確認できた気がし、気持ちよく受験申請書類を投函できた。思うにこのことが確認できなければ、受験しなかっただろう。

 学科試験の準備は、3月頃から高校の生物の参考書、先輩からいただいた過去の資料等を集め、常に持ち歩くようにした。我が家は、4歳、2歳の坊主 2人に占領され、ましてや現場に出る機会の多い身では仕事中に勉強できるわけもなく、時間が過ぎ去っていった。4月からは1日1時間を目標に、5月 からは1日1時間半を目標に夜中を中心に参考資料に目を通した。読んだ事項が次から次へと抜け落ちていく記憶力の無さと、わからないことばかりの低 学力を実感した。しかし、短時間集中と、繰り返しを実践したことの効果は少しあったようだ。先輩樹木医が身近にいてくれたおかげで、しばしば生きた 情報を入手できたことも非常にありがたかった。受験勉強に中だるみを感じてきた6月、県植木センターにおいて行われた受験準備講習会は、非常に良い 刺激となった。志気の高揚、新たな情報(論文試験の概要等)、参考書(過去問題集等)の入手に役立った。過去問題集は、試験直前まで手元に置き非常 に役に立ってくれた。実際7月、8月は、過去問題集を、繰り返し読むことで手一杯で、他に論文のための記事を少々読んだにすぎなかった。

 まず駄目だろうと思っていた1次試験の合格通知を幸運にも受け取り、次は三つ目のハードル、筑波の研修である。自分自身に知識・技術・能力がそな わってないことを、再認識するための研修であり、何を必要とし、何を得なければならないかを確認する場であると思う。やはり意識の確認に費やした感 がある。未熟さを、認識するという心構えが必要だろうと思う。

 その後樹木医として認定されたが、試験・研修自体は単なる通過点にすぎず、本当は、現在そして将来接していくだろう樹木・植物一本一本が大きなハ ードルであり、財産になっていくのだろう。樹木と一緒に大いに成長して行きたいと思うこの頃である。